内子座関連エントリー
VOL.461 伊予路の旅6~内子座
内子まで戻ってくると、雨が降り出しました。このため、前回行けなかった内子座にだけ行きました。 =撮影日:2008年5月6日= 1. 2. 3. 4. 5. Nikon D80/ニコン AF-S DX Zoom Nikkor ED 17-55mm F2.8G(I)

[公演]内子座文楽@8月23・24
■ [ 公演 ]内子座 文楽 @8月23・24 10:03 21日に配役の発表があった模様です。 まだ 内子座文楽の公式ページ に載っていませんので全部は書きませんが、 清之助さんは『卅三間堂棟由来』「平太郎住家より木遣音頭の段」のお柳 です。 ...
![[公演]内子座文楽@8月23・24](http://www.qssrequireit.com/styles/images/more.jpg)
内子座
内子町の道の駅(からり)へ行き 内子座へ、よってみました、奈落は、1人ではちょっとこわいかな

内子座文楽
日 時 平成20年8月23日(土)・24日(日) 内子座HP 午前の部10時開演・午後の部14時開演(開演各30分前) 会 場 内子座 (愛媛県喜多郡内子町) 演 目 卅三間堂棟由来 平太郎住家より木遣音頭の段 碁太平記白石噺 浅草 ...

内子座
... おおきに^^ 大森蝋燭店を後にして、少し離れた「 内子座 」へとやってきました。 早速中へ入りましょ。 まさにマス席!座らないとアカンでしょう(笑) 1916年に創建された内子座。 1985年には老朽化のため取り壊されそうになったところ ...

内子座に関するニュース
内子座旅行記
お遍路25日目、43番明石寺〜33km地点(内子)(by area88さん)
内子座です。
この木造の劇場は、歌舞伎などが演じられた場所で、もともとは、大正5年に創建。昭和60年に復元したそうです。
内子は、この内子座と、古い町並みで有名?な観光地で、せっかくなので、見学に参じました。
いま、愛媛県大洲市内子町の松乃屋旅館におります。
今日は、約33キロ、峠越えもあったけど、歩くには、ちょうどいいぐらいの距離。昨日楽したおかげで、足腰も万全。
最近、お寺参りなしの行程のほうが、楽しい。
寺を見るのは、ひとつの楽しみなんだけど、お経上げたり、納経してもらうより、ただ歩くだけのほうが気が楽。
前は、寺を制覇する達成感があったんだけどなあ。
車の多い国道を歩くのは、イヤだけど、静かな場所や、やっぱり森の中を歩くはいい。
四国へ4(by buchijoyceさん)
◇4月17日(木)雨
朝、外を見るとコンクリートの水溜りに雨粒が跳ねている。今日も一日雨のようだ、仕方がない。窓から外をのぞくと、壁のすぐ脇にクモの網が見えた。隠れ帯もXだ。コガネグモの仲間だ。マクロは持ってこなかったので、それに傍に寄れないので、望遠で撮る。いくら四国が暖かいとはいえ、内子は内陸だ。このクモ、成体で冬を越したのだろうか。
(後日談:専門家に見てもらうと、このクモ、どうやらコガネグモのチビらしい。私はまだこのクモに出合ったことがなかった。しかも会いたいと思っているクモのひとつである。そうとわかっていたら、ハンガーでも持ち出してなんとしても背中を見るんだった。なんともシャクだ。このクモは幼体で越冬するのだそうだ)
7時半朝食に行く。8時15分発。街中の観光客専用の駐車場に車をおき、雨が降っているのでカメラを1台コートの中に入れて町をぶらつき始める。通であう町の人が「おはようございます」と挨拶をする。私たちも挨拶を返す。若い子どもづれのお母さんも挨拶をする。とてもいい感じ。これは大事なこと、一番のもてなしだねぇ、と感心する。
本芳我邸の方にぶらぶら上がっていくと、ちょうど木蝋のお店が開いたので、中に入った。ここの蝋燭は和ろうそくである。中に入って蝋燭を選んでいると、目の前にハゼの実が置いてあった。「あ〜、ハゼですね。ハゼの実って薩摩の実ともいうんですよ。蝋燭は仏教とともに中国から伝来し、ハゼは主に薩摩で栽培されたのでたので、薩摩の実っていうんです・・」と立て板に水をはじめると、「ロウソク屋さんでロウソクの講義をする人もめずらしいよ」とPapasanに 言われてしまった。「これは失礼しました。サツマノミダマシというクモの話をしようとして、あはは」と笑った。和ろうそくと手作りのロウソク立てを買った。インテリアによさそうな、鉄のロウソク立てだ。ハゼの実から作る木蝋(和ローソク)は純植物油なので消えにくいし、煤も少なく、溶けた油がたれないという特徴がある。木蝋はかつては輸出までしていたのだが、大量生産のパラフィンを使った洋ローソクにその場を取って代わられている。よき時代、木蝋で財を成した上芳我邸は木蝋資料館になっている。
もう少し上がると「おはようございます、お茶はいかがですか」とお店の女性に声をかけられた。内子茶屋だ。「頂きます」というと新しいお茶を淹れてくれた。お茶を頂き、おしゃべりをし、お茶請けに出されたたくあんを買った。「いろんなところをお回りのようですね」「ええ、街づくりをしている町はほとんど行っていますよ。でもね、町並みに国の助成があるのはいいんですが、それが却って画一的になってきて、お もしろくなくなりましたよ。やはり魅力のあるのは生活のある町、そして大事なことは客を迎えるもてなしの心ですね。いい思い出が残れば、客はまた来たいと思うでしょうし、他人にも口コミするでしょう。通りで町の人がおはようございますと声をかけてくれましたよ。こういうのは客にはうれしいものです」
上芳我邸を見て、坂を下っていくと、向こうから来る団体さんと出会った。お年寄りの団体だ。「おはようございます」声をかけると、もう歩くのいやだとわめいている。まだ歩き出して5mもないと言われても、もう手に買い物をぶら下げている。もうすこし歩けばお店もいっぱいあるし、町並みもきれいだあから頑張って!と励ますが、いやだ、いやだと口々にぼやいている。添乗員さんは「資料館の入場券を買っ てありますから、歩いてください」と声を張り上げている。おかしかった。来るときお茶を頂いた内子茶屋の人たちに、かくかくしかじか、ここまで来るのがいやだとお年よりが言っていましたよ、こっちまで来てもらわないと困るでしょう。いっそのこと小さなトレインでも走らせて、お客さんを乗せることを考えた方がいいですね」なんて余計な事を言ってきた。
内子座へ行った。Papasanが来たときはまだ奈落で舞台を回すことが出来たそうだが、奈落は改造されて勝手に回せなくなっていた。舞台からの響きはよかった。すぐ近くの喫茶でお抹茶を頂き、亀岡酒造への行き方を聞いた。雨はやまない。ふと右手に 神社を見つけた。八幡神社と書いてある。そこで拍手を打って、「南無八幡大菩薩、お天気にしてください」と祈った。南無八幡大菩薩とは八幡太郎義家の口癖だったとマンガで読んだ覚えがある。この言葉、神仏習合もいいところだ。とはいえ、以後、四国では南無八幡大菩薩とつぶやくことになる。もっとも、すぐ出ないで、南無、南 無・・・う〜と、これじゃ〜神さまも願いはかなえられないよなぁ。でも、雨は小雨になった。
四国旅行(その7、大洲/内子編)(by LPriqさん)
10/31、起床するとかなりまとまった雨となっていた。早目の朝食を頼んでいた。駅までは徒歩圏内なのだが、食事中にタクシ−を依頼していた。食べ終わり、そとで車を待っているうちに雨が上がった。中々来ないタクシ−、これなら歩いた方が早かったと、後悔しているとやっと車が到着。駅まで5分と掛からない。
特急列車で先ず大洲に行く。駅事務所に荷物を預け、駅近くの貸し自転車屋で自転車を借りる。古い町並みを目指し、肱川を渡って左折。土壁の家並が残るおはなはん通り、臥竜山荘を廻り、大洲城を間近に望む橋で写生。自転車を返却し、再び特急に乗車。
内子、到着すると雨だった。ここでも荷物をコインロッカ−に預け、内子座を目指す。通り雨だったようで、到着した頃は雨が上がった。八日町街並を歩く。観光客の多い街だ。内子は江戸、卯之町は明治、大洲は昭和初期がテ−マだそうだ。やはり内子が一番賑やかだ。昼食は弁当を公園で。
午後の特急に乗車し、旅の最終目的地、松山を目指す。
【旅行時期】2005/10/31~2005/10/31
【エリア】
内子
【テーマ】
【投稿者】
LPriq
愛媛FC(by 湘南海岸さん)
5月12日(土)ベルマーレサポーター数名とアウェーの愛媛戦にむけてJAL1461便で松山へ出発しました。空港について、まず最初に行ったのが、梅山大登り窯に行きました。それからスタジアムへと向いました。
試合は、
2007Jリーグ ディビジョン2 第15節
2007年5月12日(土) 13:04キックオフ 愛媛県総合運動公園陸上競技場
愛媛FC 0 (0 前半 2 0 後半 2) 4 湘南ベルマーレ
得点者
石原直樹 27分
原竜太 36分
原竜太 80分
田村雄三 89分
夕食は行きつけの「倉」へ行きました。名物の倉玉と地の刺身を堪能しました。帰りは路面電車に乗って帰りました。初めて乗るお客様もいて楽しまれてました。
翌日は、松山城・内子宿・内子座を見学。内子座は伝統ある歌舞伎小屋でとても重みをかんじました。
帰りは、JAL1472便で羽田へと戻りました。
伊予の春 内子ー? 内子座と町並み(by 義臣さん)
懐かしい気持ちにさせてくれる町並みに
古い芝居小屋「内子座」を見るのが楽しみでした。