幽玄の世界関連エントリー

幽玄の世界 夜桜

先日お知らせした韮崎市の名物桜「王仁塚の桜」(わにづか)の桜が満開となり、特に夜は幽玄な美しさを見せております。 残念ながら、ライトアップは7日で終了してしまいましたので、夜桜を見たい人は来年までお待ち下さい。 ...

幽玄の世界 夜桜

[雑文]幽玄の世界

... トビー(偽)氏が今後一層、幽玄の美を追究されることを期待する次第だ。 いやー、××××って奥が深いですね。なんだか、 やおい と一脈通じるところがあるようだ。 ■ [ 雑文 ]幽玄の世界 12:08

[雑文]幽玄の世界

[DAYS]幽玄の世界

■ [ DAYS ]幽玄の世界 21:21 舞踏 を観てきました。W先輩の ブログ を読んで、近くで公演があるのを 知ったのです。 というわけで 大駱駝艦 の「魂戯れ」 生で観るのは初めてだったため、やや緊張しながらも会場に。 ...

[DAYS]幽玄の世界

幽玄の世界

... 三木市立堀光美術館(三木市上の丸4-5)よりお知らせです! ●堀光美術館開館25周年記念・企画展『幽玄の世界』 平成19年9月19日(水)~30日(日) 10:00~17:00 ※休館日:毎週月曜日 ※入場料/無料 ★能面師・(故)岡本徳重 ...

幽玄の世界

幽玄の世界への誘い・・

... ここで亭主に迎え付けを受けます ここからが浮き世を離れた幽玄の世界です 中門をくぐると次は蹲い(つくばい) 所以は身体を蹲って水を掬うから蹲い。 ここの蹲いは今では貴重な京都鞍馬の 鞍馬石の手水鉢を使っています。 ...

幽玄の世界への誘い・・

幽玄の世界に関するニュース


山形新聞

炎ゆらり幽玄の世界
朝日新聞
鶴岡市黒川の春日神社で27日、「第17回黒川・蝋燭(ろう・そく)能」があり、約200人の観客は大きな「一貫目ろうそく」に囲まれた舞台の、幽玄の世界を堪能した=写真。 この日は神事に続き、10本の一貫目ろうそくに火がともされた。炎が揺らめく幻想的な雰囲気 ...
炎ほのか、黒川能「蝋燭能」を上演山形新聞

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佐賀新聞

蝋燭能 井内能舞台で幽玄の世界堪能
佐賀新聞
蝋燭(ろうそく)の明かりのもとで能や狂言を演じる「蝋燭能」が21日、佐賀市松原の井内能舞台であり、能楽愛好者ら約160人が暗がりに浮き上がった幽玄の世界を堪能した。 メーンの能は、源平の戦いで都落ちし、非業の死を遂げた平清経の霊と妻の魂の交流を描いた「清 ...


日本の魅力石川に集約
読売新聞
「茶の湯」では、お茶、和菓子、道具、部屋のしつらえ、ご亭主や客人の所作など、総合芸術と言われる茶道の一端を知ることができた。また、「能楽」では、金沢能楽美術館での体験プログラムに参加し、幽玄の世界の奥深さを垣間見た。 伝統工芸では、「加賀友禅」の彩色 ...


小谷美紗子、3年ぶり待望の新作「ことのは」完成
ナタリー
キュートなファルセットボイスが小谷の新しい一面を引き出している「日めくり」、ライブで披露されている新曲「青さ」「手紙」、ドラマチックな展開が涙腺を刺激する「線路」、重厚なリズムと幽玄な歌声が響く「空の待ち人」といったバラエティに富んだ楽曲が収められる。 ...

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【日本よ】石原慎太郎 「正確な二十四節気を」
MSN産経ニュース
民族の資質を表すその情操はあくまでその風土が育むもので、その情操とそれが育てる感性がその国家民族の文化を育て技術を含む文明を進展させる。日本人の持つ独特のこまやかな感性はかつては世界最古の国民歌集や長編小説を産み、さらには幽玄な、寂のある芸術を産み、 ...

幽玄の世界旅行記

~旅風に誘われて②~ 九寨溝・黄龍Ⅴ(by 渓谷旅人さん)

幽玄の世界
第4日目6月28日(木)
九寨溝観光2日目。夜にはチベット民族舞踊鑑賞があります。


 九寨溝二日目の朝をむかえました。
 8:57ホテル出発。
「おはようございます。皆さんよく眠れましたか」と、笑顔の素敵な添乗員坂口さんからの挨拶。

 ツアーに参加して本当に良かった。私が九寨溝に訪れているなんてまだ夢を見ている感じです。ここまでの道のりが困難だったので、無意識に感情移入して九寨溝の自然に身体ごと吸い込まれてしまいました。現実に存在しながら、夢心地で、完全に幽玄の世界に入り込んでしまいましたね。あなたに巡りあえて私は心底嬉しい。

   
   本日の行程は写真をおってみて下さい。
 

   二日間にわたる九寨溝観光を終えて・・・・

 まだまだ見たりない気持ちを残し、バスに乗り込みました。今度来るときは歩いて歩いて、満喫したいです。



【旅行時期】2007/06/25~2007/07/03
【エリア】九寨溝
【テーマ】世界遺産・遺跡・秘境
【投稿者】渓谷旅人

中国旅行記7(17):4月26日(1)桂林・漓江の川下り(by 旅人のくまさんさん)

幽玄の世界
<2005年4月26日(火)>

 今年のゴールデンウィークは4月29日の金曜日、緑の日から始まります。その日が近づいてきた今日は26日、ゴールデンウィーク前の旅行が終わりに近づきました。
 この日の予定をメモから記しておきます。「6:30分モーニングコール、6:30分から2階のレストランで朝食、8:00ホテル出発、ロビー集合」でした。目いっぱいに桂林の観光を楽しむプランでした。桂林でのハイライト、漓江の川下りのほか、新しく発見された鍾乳洞の見学等も計画が組まれていました。現地ガイドの陸さんの地元なので、かなり気合が入っていました。

<漓江の川下り>
 昨晩お聞きした予定通り、8時にはホテルを出発しました。バスの中で陸さんが紹介してくれた桂林名物は①竹、②水牛、③鵜飼、④民家、⑤清水、⑥山水等でした。ホテルを出発して、約40分で漓江の川下りの出発地点、竹江に到着しました。陸さんは、漓江を中国で2番目に綺麗な川と紹介してくれました。因みに一番綺麗な川は「ヤンジャプジャン」と教えてくれましたが、聴き取った発音の方は、全く自信がありません。
 陸さんは漓江の名前の謂れも教えてくれました。「大きい川の支流」という意味合いだそうです。桂林の北方60kmほどに源を発し、陽朔を経て広州に至る全長216kmの河川です。長江が男性に例えられるに対し、漓江は女性に対比されています。
 陸さんは韓易の詩を引いて桂林の景観の素晴しさを教えてくれました。その詩は、「川は青羅の帯 山は碧玉の簪(かんざし)」の一節でした。詩人の名前や詩は聞き書きですから誤りがあるかも知れませんが、イメージとしてはぴったりのようです。「川は青い緞子(緞子)の帯のように流れ、山は碧(あお)い簪をしているようだ」と言った大意でしょう。以上が、漓江の川下りに当たっての予備知識、おさらいでした。
 出発地点の竹江から終点の陽朔までの行程は約4時間です。地図でざっと川下りの距離を当たってみると、4、50kmといったところでした。水位が低い3月頃までは、終点の陽朔まで下ることは出来ず、途中での上陸となるようです。水量が増えすぎると濁りが出るため、秋がベストシーズンとされています。しかし、この時期もそれにも負けない新緑で爽やかな季節です。とにかく蒸し暑い時期になっていないのが一番でした。
 最初はテーブル席にいましたが、辺りの景色が見頃になったところで、デッキに出ました。最初テーブル席は満席でしたが、今度は出来の方が大混雑となりました。仕事が一段落した女性の現地ガイドさんは、小さなテーブルでカードゲームを始めました。細長い札に数字などが描かれていましたが、多分、多少の賭けをしていたのでしょう。
 奇観、絶景、幽玄の世界の連続で、あっという間に時間が経ってしまいました。その間に沢山の記念撮影や景色をカメラに収めることができました。見所が概ね終了したところで、指定席に戻っての昼食でした。所定のメニューのほかに、川エビの唐揚などを頼んでありましたから、ビールのつまみには好適でした。

<陽朔、銀子岩見学>
 食事を終えたところで、終点、陽朔に到着しました。バスが先回りして私達を待ってくれました。広い駐車場も整備されて、桂林観光の拠点となっていました。その駐車場の周辺にも小さな店が立ち並んでいました。大きな扇子の飾り物など、前に来た時にもお目にかかった品々です。
 銀子岩の鍾乳洞見学の場所までは、バスでの移動となりました。バスの中での陸さんの話では、「銀子岩の『岩』は鍾乳洞の意味の方言です」と言うことでした。その銀子岩の説明もありました。
 「新しく発見された鍾乳洞で、1996年から観光地として整備が始まり、1999年に見学が開始されました」
 「近傍は、西遊記の撮影場所としても使われました。鍾乳洞の中は、年中19度Cで一定しています。レイホウ県に属しています」
 と言ったことと併せ、
 「レイホウ県の里芋は、清の時代の乾隆帝が賞味したことが映画を通じて全国に紹介され、一気に値段が上がり、品薄になって仕舞いました」
 といったエピソードも紹介してくれました。乾隆(けんりゅう)帝の時代は文化が大きく花開き、紫禁城にあった宝物が、今は台湾の故宮博物館に納められています。この宝物の数々は、何度が実物を見学する機会がありました。
 話しが大分脇道に逸れてしまいました。肝心の銀子岩ですが、素晴しい規模と奇石の連続でした。足元は平らにされ、コンクリートで固めて歩きやすくしてありました。照明も十分に計算されていたようです。頭上から滴る雨滴もほとんど無く、見学しやすいコースになっていました。
 奇岩の数々の説明は、言葉では不十分のようです。これから先は写真集の方に譲ります。

<桂林の夜の散策>
 この日は夕食の後、桂林の夜の散策となりました。レストランがホテルの近くだったためです。一方通行の関係で、漓江の橋を渡って、大回りした上でバスはホテルに向かうことになりました。橋を渡ったところで降ろしてもらい、その橋を元に戻るコースでの散策でした。ガイドさんにご迷惑をかけないよう、団体での行動としました。
 その橋の名前が漓江橋であったか、解放橋であったかも良く分かりません。バスでの移動の連続ですから、何しろ東西南北の方角がよく飲み込めていませんでした。多分、解放橋の方でしょう。この辺りでは漓江はほぼ南北に流れています。残念ながら、これも後で地図を調べて分かったことです。


  漓江の川下りで
 束の間の景色か朧に重りし奇岩の山は潰え消去る

 絶景に見惚し漓江の始なり歴史今知る生々流転

  鍾乳洞、銀子岩で
 石灰の滴り創る岩模様名付て親し暗き洞窟

 赤緑白も黄色も白肌を色染め分る巨大洞窟

  桂林の夜の散歩
 橋渡り復戻り来る桂林の時を惜みつ夜の散策

 夭逝のリパティ弾きしモノラルに出会し夜よショパンのソナタ

【旅行時期】2005/04/22~2005/04/27
【エリア】桂林
【テーマ】世界遺産・遺跡・秘境
【投稿者】旅人のくまさん

京都漫ろ歩き~ 雨の実相院へ(by jyugonさん)

幽玄の世界
天気予報通り今日は1日雨模様です。
雨でも大丈夫な所でお庭がいい所はないかな?

そうだ、実相院へいこう~と決まりいざ出発。
雨の実相院は紅葉前と言う事もありますが、ことのほか静かでした。現在は床もみじも床みどりも撮影禁止で写真はお庭しか撮れませんが、雨のおかげで苔むした緑が美しく目を楽しませてくれました。それにしても門跡寺院の寺宝は凄いと感心。
雨の日向きの寺院ともいえるかな。

拝観時間は9:00-17:00。
拝観料は大人500円、小中学生250円

☆秋季特別展 「幕末の岩倉」~実相院日記「篤姫」の時代~
260年間連綿と書き綴られた「実相院日記」。
その中から特に、篤姫(天障院)、和宮、徳川家茂とその周辺の人々に焦点を当てた記事を展示します。
~展示協力「京都市歴史資料館」~

日時 平成20年10月11日(土)~12月14日(日)
拝観料 大人 500円  小中学生 250円


☆夜間特別拝観「紅葉・石庭のライトアップ」
昼とは全く違う夜のもみじ。実相院ならではの幽玄の世界をお楽しみ下さい。

日時 平成20年11月15日(土)~11月30日(日)
入場料 拝観料 500円  お茶席 500円
拝観時間 開門午後6時 (午後5時~6時は閉門) 
閉門午後9時

【旅行時期】2008/10/05~2008/10/05
【エリア】下鴨・宝ヶ池・平安神宮
【テーマ】寺社・札所めぐり
【投稿者】jyugon

京都名庭100選(1)京都御所、盧山寺、龍源院、高桐院、大仙院、瑞峰院、宝泉院、実相院、知恩院、青蓮院、高台寺、円徳院、金閣寺、龍安寺、妙満寺(by Bachさん)

幽玄の世界
京都の名庭園といわれる100寺院の写真集です。
京都御所、盧山寺、龍源院、高桐院、大仙院、瑞峰院
<ライトアップ>宝泉院、実相院、知恩院、青蓮院、高台寺、円徳院
<雪景色>金閣寺、龍安寺、妙満寺

京都御所は、
秋の一般公開(平成19年10月31日~11月4日)
桓武天皇が都を遷(うつ)されて以来、明治2年に東京に移るまでの1千年あまりの間,歴代天皇のお住まいのあったところで、広大な御苑内には200もの宮家や公家の邸宅が建ち並んでいた。
盧山寺(ろざんじ)は、
かつての紫式部邸にあたり、枯山水の平庭に咲く桔梗に源氏の雅を忍ばせる。
日本人で唯一「世界の五大偉人」の紫式部は、ここで育ち、結婚生活を送り、作品のほとんどの執筆を行い、59歳(1031年)で死去したといわれている。
大徳寺は、
京都でも有数の規模を誇る禅宗寺院で、一休和尚や沢庵和尚などの名僧を輩出し、千利休をはじめとする茶の湯の世界とも縁が深い。
20を超える塔頭(たっちゅう)が立ち並ぶが、その中でも常時拝観可能な塔頭は龍源院、瑞峰院、大仙院、高桐院の4寺院で、室町時代を代表する枯山水庭園の最高傑作とも言われている見事な庭園がある。
「利休七哲」の一人とうたわれた細川忠興が建立したもので、千利休邸を移築した書院がある。細川氏とガラシャ夫人(明智光秀の娘で敬虔なクリスチャン)や出雲阿国のものと伝えられる墓もある。利休風の茶室「松向軒」は名茶室として有名。参道は新緑、紅葉の美しい木立の枝々が空を覆い、まさに幽玄の世界。
国宝の本堂と特別名勝・史跡の枯山水庭園で知られ、方丈の正面に聚楽第から移築した唐門(国宝)、方丈内の襖絵八十余面(重文)はすべて狩野探幽筆。
宮本武蔵に剣道の極意を教えた所としても有名で、現在の住職尾関宗園は名物和尚。
庭園は、室町時代の傑作とされる枯山水で、巨石を数多く使い、水の流れをダイナミックに表現した庭「枯滝石組」「出船形式の舟石」や、海を表現する静寂の白砂の庭「大海」には、水墨画のような静かな迫力が感じられる。が、残念ながら撮影禁止。
瑞峰院は、キリシタン大名の大友宗麟が建立。建造物は室町時代後期のものであるが、その方丈を囲む庭は重森三玲の作で、昭和の名庭。
宝泉院(ほうせんいん)は、
三千院の参道の奥の突き当たりに天台宗の道場である勝林院があり、その中の僧坊として宝泉院がある。
ここには、「額縁の庭園」とも言われる盤桓園(ばんかん、立ち去りがたいという意味)と鶴亀庭園があり、盤桓園には樹齢300年の沙羅双樹の木と、京都市天然記念物で京都三松の一つ樹齢700年の「五葉の松」がある。水琴窟の音に耳を傾けながらお抹茶を頂くと最高。紅葉のライトアップに行って、いたく感動したが、カメラの技術不足で、その素晴らしさが伝えられないのは残念。
実相院(じっそういん)は、
岩倉門跡とか、岩倉御殿とも呼ばれ、代々皇室から大きな支援を受けてきた寺院で、当時はここで、格式高い家柄の人々が集い、和歌の会や、お茶会などを開いていたところ。
また、岩倉具視や幕末の倒幕・佐幕両派とも繋がりがあったと言われている。
ここには2つの庭があり、池泉回遊式庭園(ちせんかいゆうしきていえん)と昔は蹴鞠の庭だった枯れ山水の雄大な石庭で、紅葉は特に素晴らしく、「床もみじ」「池もみじ」は有名。
知恩院(ちおんいん)は、
華頂山知恩教院大谷寺(かちょうざん ちおんきょういん おおたにでら)と称し、浄土宗の宗祖・法然が後半生を過ごし、没したゆかりの地に建てられた寺院。
ここには、東大寺南大門より大きい日本最大の国宝三門をはじめとして、御影堂や友禅染ゆかりの宮崎友禅翁が祀られている友禅苑があり、ライトアップでは、京都市指定の名勝庭園を華麗、優雅に照らし出す。(三門は空・無相・無作の三解脱門の意味で、仁和寺の二王門、南禅寺の三門とともに京都三大門)
青蓮院門跡(しょうれんいんもんぜき)は、
天台宗延暦寺の三門跡(青蓮院、三千院、妙法院)の一つで、最澄が作った僧侶の住坊が起源と言われ、江戸時代に御所が炎上した時、仮御所として避難したため、粟田御所として国の史跡に指定されている。
青蓮院の庭は、室町時代の相阿弥の作の築山泉水庭や、江戸時代の小堀遠州作と伝えられる霧島の庭などがある。
青蓮院門跡のご本尊は、光そのもので、眩いばかりの光を放出し、その光明によって世界に功徳を及ぼすと云われている。ライトアップされた光は、生命の源である光の生命観を表す。
圓徳院(えんとくいん)は、
高台寺の塔頭のひとつで北政所ねねが豊臣秀吉没後19年間余生を過ごした終焉の地。
国名勝指定の北庭は、秀吉ゆかりの伏見城の化粧御殿の前庭を移したもの。
池泉回遊式庭園であるが枯山水となっており、大きな石をたくさん配している庭は珍しくこれが桃山時代の豪華さを表す。
ライトアップでは闇に浮かび上がる石組みの上に真っ赤な紅葉が炎のように広がり豪華絢爛。
高台寺は、
豊臣秀吉の正室である北政所(高台院)が秀吉の冥福を祈るため建立した寺院で、秀吉と北政所を祀る霊廟。
造営に際して、徳川家康は当時の政治的配慮から多大の財政的援助を行なったので、寺観は壮麗をきわめたという。しかしたびたびの火災にあって、現在残っているのは開山堂と秀吉とねねの霊屋、傘亭、時雨亭、表門、観月台等で国の重要文化財に指定されている。
庭園は、小堀遠州作で、臥龍池(がりょうち)と偃月池(えんげつち)という二つの池からなる池泉回遊式庭園。
ライトアップでは、開山堂、霊屋、傘亭、時雨亭をはじめ名勝庭園、方文前庭「波心庭」、臥龍池の「水鏡」、竹林を照らし出し、女性の寺らしい幽玄さをかもしだす。
今年は三洋電機とタイアップし、太陽光発電を使って、「地球といのちが喜ぶライトアップ」をテーマに、庭園と光と映像、音響を融合した幻想的な世界を演出している。
「雪の金閣」を始めて経験し感動。
金閣寺はお釈迦様の骨をまつった舎利殿のことで、正しくは「鹿苑寺」。世界遺産。
足利義満が山荘北山殿を造り、金閣を中心とした庭園、建築で極楽浄土を現した。義満の死後夢想国師を初代住職とし、鹿苑寺と名づけられた。上には鳳凰が輝いている。
金閣は三階建てになっており、2層と3層は漆の上から金箔を貼っており、1987年に金箔の張替えを、2003年に屋根の茸替えを行った。1層は寝殿造り、2層は武家造り、3層は禅宗仏殿造りで、3つの様式を見事に調和させた室町時代の代表的な建物。
庭園は、金閣寺を見事に映した鏡湖池を中心に、大小の島々や当時の大名が競って献納した名石が配され、室町時代の代表的な池泉回遊式庭園。
方丈の北側に京都三松の一つ「陸舟の松」、金閣の後ろに「銀河泉」、「巌下水」、「龍門の滝」、「安民沢」、「白蛇の塚」、茶室「夕佳亭」がある。*京都三松は、宝泉院の五葉松と善峰寺の遊竜松
ついでに竜安寺にも足を伸ばす。
方丈庭園はいわゆる「龍安寺の石庭」で、15個の石を5か所に点在させただけのシンプルな庭で、室町幕府に仕えた相阿弥の作庭と伝えられる。当時は、龍安寺の広大な池、鏡容池(きょうようち)はオシドリの名所として知られており、今日有名な石庭よりもむしろ、池を中心とした池泉回遊式庭園のほうが著名であったらしい。
「虎の子渡しの庭」と言われる石庭の15個の石は、7、5、3に配置されており、虎が子を連れて龍にむかっているさまを表しているという。どこから見ても必ず1個は他の石に隠れて見えないが、方丈の間の中心の1ヶ所だけ15個の石すべてが見える位置があるらしいが、確認は出来なかった。
東洋では十五夜(満月)にあたる15という数字を「完全」を表すものとしてとらえる思想があり、15に一つ足りない14は「不完全さ」を表すとされているそうだ。一人静かに瞑想したくなるお庭。
ここでの注目は、「知足の蹲踞(つくばい)」
ここの蹲踞には「吾唯足知」(われ、ただ足るを知る)の4字が刻まれており、禅の格言を謎解きに図案化された無言の悟道。徳川光圀の寄進といわれる。侘助椿は秀吉が賞賛したとされる。
妙満寺は、
創建は室町時代初期だが、興亡や移転を繰り返し、昭和43年に現在の地におさまった。
また「鐘に恨みは数々ござる」で知られる紀州道成寺の「安珍清姫の鐘」が移設されており、道成寺を演じる芸能人はこの鐘に芸道精進を祈ることでも有名。
妙満寺本坊にある庭は「雪の庭」と言われ、松尾芭蕉の師であり、俳諧の祖といわれた松永貞徳の造営であり、貞徳は清水、北野にも同時に庭園を造ったとされ、清水の「月の庭」、北野の「花の庭」(現存せず)とともに、それぞれが成就院にあったことから成就院「雪・月・花三名園」と呼ばれる。 比叡山を借景にした冠雪の眺望が美しいが、残念ながら今日は一日中雪が降り続いて比叡山までは見えなかった。


【旅行時期】2007/10/30~2008/02/09
【エリア】京都市内
【テーマ】寺社・札所めぐり
【投稿者】Bach

原チャでゴー第35弾-真夏の夜の夢  後楽園 幻想庭園-(by pianoさん)

幽玄の世界
岡山の夏は無茶苦茶暑い。

多分、南の島の方が10倍は快適だろう(多分、それは泳げるからであって、仕事を前提として考えていない、だって、南の島はリゾートしに行く所で、書類の山を相手に机に齧り付く場所ではないからだろう…。)

で、岡山だが夜になっても空気が重く湿気を含みじっとしていても汗がダラダラと噴き出る、これでは四六のガマと良い勝負ではないだろうか、ま、ガマと勝負をして勝ってもちっとも嬉しくないが…。

瀬戸内独特の凪の所為で、風がそよとも吹かない、ひー!やっぱ南の島だよー旦那!(誰なんだよ旦那って?)

と言うことで、今回は岡山の夏の夜の風物詩としてお馴染みとなった、後楽園「幻想庭園」へ皆様ご案内―い、と思う次第で…。

幻想庭園…目眩く幽玄の世界、光と影が織りなすページェント等々勝手に想像して貰って良いのだが、如何せんカメラマンが俺である、何なんだーこりゃ?ひー!幻滅!そう、「幻滅庭園」になっていても当方は一切関知せず、「幻滅庭園」を楽しんで頂こうと思う。

では、WELCOME TO A FANTASY GARDEN

【旅行時期】2008/08/17~2008/08/17
【エリア】岡山市内
【テーマ】夜景
【投稿者】piano